翻訳AIがDeepLを超えた|無料公開でも仕事では使えない
会社でDeepLやGoogle翻訳、ChatGPTを翻訳に使っている人は、何も変えなくて構いません。今回のモデルは非商用ライセンスで、動かすには高価なGPUが要ります。中小企業が自社に入れるものではありません。
9月10日、Cohereが翻訳専用AIを公開し、翻訳の評価でDeepLとGoogle翻訳を上回ったと発表しました。精度の競争は、もう選ぶ理由になりません。
翻訳で差が出るのは精度ではなく、「どの文書を外に出すか」「訳文を誰が確かめるか」の2つです。決めるのはそこです。
外国人のスタッフに手順を伝える。海外の仕入先にメールを返す。店のメニューを英語にする。中小企業で翻訳が要る場面は増えました。道具はたいていDeepLかGoogle翻訳、最近はChatGPTで、「どれが一番正確か」は現場でよく出る質問でした。
9月10日の発表は、その順位を動かしました。新しい翻訳専用AIが、評価でDeepLとGoogle翻訳を上回り、しかも中身は無料で配られています。見出しだけ読むと「無料で一番いい翻訳が手に入る」ように見えます。そうではありません。
今日やること いま使っている翻訳の道具を変える必要はありません。今回のモデルは会社では使えない条件で配られています。 「無料でDeepLより良い翻訳AIが出た」と社内で話が出たら、非商用ライセンスで、動かす機械も個人や中小企業が持つものではない、と伝えてください。 翻訳で決めておくことがあるなら、精度ではなく「どの文書を翻訳AIに貼っていいか」の1行です。
何が起きたか
AI企業Cohereは9月10日、翻訳専用モデル「North Small Translate」を公開しました。総パラメータ218Bのうち25Bが動く構造で、文章の翻訳に特化しています。翻訳の標準的な評価であるWMT26の全言語スコアで83.60を記録し、DeepL NextGenの81.37、Google翻訳の68.20を上回ったと発表文に書かれています(Cohere「North Small Translate」)。
重みはHugging Faceで公開されていますが、ライセンスはCC BY-NC 4.0、つまり研究と非商用に限られます。対応は50言語で、日本語も含まれています。動かすための最低構成はB200が1枚、またはH100が2枚です(Hugging Face モデルカード)。商用で使う場合は、共同開発したRWSの翻訳製品を通して提供されると案内されています(Cohere「North Small Translate」)。
中小企業にとって何が変わるか
今日から翻訳の道具が変わる会社はありません。この発表から中小企業が受け取るものは、新しい道具ではなく、「精度はもう選ぶ理由にならない」という事実です。
「無料で公開」は、会社で無料で使えるという意味ではありません
ここがいちばん誤読されやすい点です。オープンウェイトは「中身を誰でも取得できる」という意味で、「誰でも何にでも使える」という意味ではありません。壁は3つあります。
1つ目はライセンスです。非商用に限るという条件は、会社の業務で使えば外れます。社内の手順書の翻訳も、顧客への返信も、業務です。2つ目は機械です。最低構成がB200が1枚かH100が2枚で、どちらもデータセンター向けのGPUです。事務所のPCに載るものではなく、中小企業が買って置くものでもありません。3つ目は手間です。保守、更新、壊れたときの対応を誰かが担います。
つまり「無料で一番いい翻訳AI」は、研究者と大企業の話です。中小企業が使うならRWSの製品経由で、それは普通の有料サービスです。いま使っているDeepLやGoogle翻訳と、立ち位置は変わりません。
精度の順位は入れ替わり続け、どれもそこそこ正確になりました
翻訳AIの精度は、数か月ごとに順位が入れ替わります。順位を追って道具を乗り換えていたら、社内の手順が毎回変わって、誰も覚えられません。一方で、下位の道具でも、日常のメールや手順書なら意味が通る訳が返ってきます。精度で選ぶ時代は、今回の発表で一段終わりました。差が出るのは精度ではなく、運用の2点です。どの文書を外部の翻訳AIに貼っていいか。訳文を誰が確かめるか。
うちは当てはまるのか
| 翻訳が要る場面 | 精度で困っているか | 先に決めること |
|---|---|---|
| 外国人スタッフへの連絡・手順書 | ほぼ困りません。日本語をやさしく書けば、どの道具でも通じます | 読んだ相手に「分かった」と返してもらう確認の流れ |
| 海外の仕入先・取引先とのメール | 困りません。困るのは丁寧さと意図の伝わり方です | 見積や契約条件を含む文を、外部のAIに貼ってよいか |
| 店の案内・メニュー・掲示 | 一度作れば固定です。精度より見た目の自然さ | 公開前に、その言語を読める人に一度見せる |
| 契約書・規約・公的書類 | 翻訳AIは下読み用です。最終は人 | AIの訳文を「正式な訳」として出さない、という線 |
| 自社サーバーに翻訳AIを置きたい | 今回のモデルは当てはまりません | 商用ライセンスと機械の費用を見てから |
「精度で困っている」行がありません。決めることは、どの場面も精度の外側にあります。
よくある誤解:一番正確な翻訳AIを使えば、確認はいらない
そうはなりません。評価の数字は多くの文の平均で、個別の1文が正しい保証ではありません。問題は、間違いを見つける人がいないことです。英語なら社内に読める人がいても、ベトナム語やネパール語の訳文を確かめられる人は、たいていいません。そのまま手順書として渡せば、間違っていても誰も気づかず、現場で事故が起きてから分かります。翻訳AIが賢くなるほど、訳文を疑う人が減ります。精度が上がった今回の発表は、この危なさを少し増やしました。
対策は難しくありません。翻訳した手順書は、渡した相手に内容を自分の言葉で言い返してもらう。重要な文は別の翻訳AIにも通して、2つの訳がずれていないかを見る。精度を上げるのではなく、確認を1つ足すのが、中小企業でできる現実的な手です。
いま何をすべきか/何もしなくていいか
やらなくていいことから書きます。この発表を理由に翻訳の道具を変える必要はありません。自社で動かすことも考えなくて構いません。「無料で公開された」は、会社にとっては無料でも公開でもないからです。
やることがあるのは、翻訳を業務で使っていて、まだ何も決めていない会社です。決めるのは1行です。
外部の翻訳AIに貼っていい文書と、貼ってはいけない文書を、1行ずつ書く。
貼ってはいけない側に来るのは、顧客の個人情報が入った文、取引先との見積や契約条件、未公表の社内の数字です。翻訳に限らず、生成AI全体に同じ線を引く話です。社内ルールは「貼ってはいけないもの」「確認する人」「使う道具」の3つで足りるという考え方を、生成AIの社内ルールは3つで足りる|急ぐ義務はまだないに書きました。翻訳の線も、この3つのうちの1つ目にそのまま入ります。
もう1つ。外国人スタッフを雇っていて、手順書や連絡の翻訳に毎回時間を取られているなら、それはAIに最初に渡す業務の候補です。毎日のように発生して、判断が要らず、間違えても相手が「違う」と言える。総務の仕事からこの条件に合う1業務を選ぶ順番を、総務からAIを始める|最初に渡す1業務の選び方に書きました。精度の順位を追う代わりに、その1業務を決めてください。
AIに詳しくなる必要はありません。覚えるのは、無料公開は会社では使えない条件だったこと、決めるのは精度ではなく貼っていい文書の線、の2点です。
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